カバンの中身から見る人間性についての研究

今週のお題「カバンの中身」

 

 

実は、カバンを持ち歩かない。

 

 

となってしまってはこのお題を選んだ意味がないので、少し。

 

外出時に必須なのは携帯と財布。

移動距離が長いか、待ち時間が長い時は本も持ち歩くかもしれない。

あとはハンカチくらい。

 

仕事の時は都合上カバンを持つが、

それだけで少しテンションが下がる。

 

遊びの時は長財布から折りたたみ財布に変える。

ポケットに入るから。

 

とにかく身軽でいたい。

 

両手には自由でいてほしい。

 

背中にモノがあると動きが鈍る。暑いし。

 

背負うのは責任だけで充分。

 

最後少しかっこつけたし、

書いてみるとすっごいわがままな気もするが、

同志がいるはずだ。

 

 

なぜ私が手ぶら原理主義者(それも過激派)になってしまったのか。

 

おそらく根底には、手ぶらってかっこよくね?という観念がある。

 

最低限だけを持ち、後先を考えない。

備えあれば憂いなしとはいうが、

備えないし憂わない男の豪快さ

みたいなのに惹かれません?

 

大学時代も、コートにペンと紙数枚を忍ばせ、手ぶらで通っていたこともあった。

 

はたから見れば「なにしにきたんだよ」ということになるが、

紙とペンがあれば充分であり、テキストは隣の人に見せてもらってた。

 

 

それでこの24年間、何事もなくやってこれた。

 

カバン一つでヨーロッパ一周もできた。

行く先々でお土産を詰め込む余裕もあった。

 

 

ただ、大人になってまでそれでは、いけねーんでねーの?

という葛藤もある。

 

備えない男の豪快さ、とかのたまったが、

要するにただの無計画なアホに相違なく、大人の社会では出来ないヤツ認定されるに決まってる。

 

カバンを持ちたくないというポリシーだけで、

社会不適合者になってしまうのか。

ちくしょう。

 

大人の社会を生きるためには、信念を曲げる必要もあるのか、ガマンが必要なのか。

 

あゝ生きづらい!

 

 

まさかカバンの話で、将来に不安を抱くとは思わなかった。

暗くなってきたのでこの辺でやめさせてもらいます。

アオザイのエロさはないけどいい奥さんになりそうなタイプのミャンマーの民族衣装

 

ミャンミャン

 

どこに需要があるのかもわからない、

薄っぺらい知識ミャンマーに想いを馳せるシリーズ第4弾。

 

ミャンマーに縁もゆかりもない私が、

ただ好きというだけの理由で書いてます。

 

 

今回はミャンマー民族衣装について。

 

民族衣装というと、どんなものを思い浮かべるだろうか。

身近なところでは着物とか?

チャイナドレスなんかもいいよね。

ベトナムアオザイとかあのタイトなラインがたまらない。

f:id:gtokizaki:20170817030157j:image

( https://liginc.co.jp/life/useful-info/50947

この破壊力。

こんなもん着て「私とフォーしよ?」なんていわれた日にゃあ....

 

私....

 

もう.........

 

 

と、桃源郷やぁ〜...........

 

 

ギリギリのところで意識がもどりました。

 

ミャンマーの話でしたよね?

ええ、もちろん覚えていますよ。

そんなに急かさないでください。

どうせたいした話じゃないんですから。

 

 

 ミャンマーの民族衣装で最も有名なのは、

ロンジーというものらしい。

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http://www.gtstourmyanmar.com/japanese/yu/myanmar-dress.html

 

この下に履いてるマキシスカートみたいなやつ。

マキシスカートみたいだけど、男性も普通に履く。

 

画像を見てもらうとわかる通り、

めっちゃ普段使いしてる。

 

民族衣装というと、なんとなく、特別な日に着用するイメージがあるが、

このロンジーはみなさん日常で履きまくりみたいなのだ。

 

なぜならば、利便性高すぎだから。

 

高温多湿のミャンマーにおいて、通気性バツグンなこの服は最適であろう。

これ、めっちゃ涼しいのよ。

 

そんでもって、着脱がとても簡単。

これ、実はただの筒状の大きい布なのだ。

それに足を通して、上の部分をちょいちょいって結べばすぐ完成する。

 

着物みたいに貝結びがなんちゃらとか腰紐がなんちゃらみたいな煩雑さがまるで感じられない。

 

裏を返せば、生産も非常に容易なのだ。

布一枚を軽く縫えばすぐできる。

それにデザインも豊富。

 

ミャンマーの気候や、庶民にも入手しやすいという条件が揃い、

ここに最強の日常用民族衣装が完成したというわけだ。多分だけど。

 

ここまで調べた私は、"ある想い"が頭から離れなくなった。

ある想いとは....

 

"ロンジーほしい"

 

これである。

 

日本だって暑い。

それに、日本にいながらミャンマーを感じられる。

そんな幸せなことはない。

 

 

ということで

 

 

 f:id:gtokizaki:20170817074842j:image

 

 

買いました。

 

高田馬場ミャンマータウン的な所があり、そこにそびえる雑居ビルの一室にそれがあった。

 

ただのビルの一室にお店がある感じが新鮮であった。

そこの店員(もちろんミャンマー人)のおばさんに

「ロンジーください!」

 

すると、

「あんた男なのに日本でロンジー履くのかい?物好きだねぇ」

と。

 

確かに、冷静に考えれば、ロンジーを知らない人があれをみたらただのマキシスカートだ。

それを男が履いていたら確かに違和感がある。

 

あ、そういう人なんだなと思われること請け合いである。

 

一瞬冷静になりかけたが、

今さらああそうですねと引き下がるわけにもいかないので、とりあえず買いました。

1000円くらい。

 

結果、

家の中では履けるが、外に出る勇気が出ないという内弁慶スタイルが見事に確立されることに相成ったのである。

 

どうでもいいことだが、

私は普段、家では浴衣で過ごしている。

ちょっとのお出かけくらいであれば、浴衣にビーサンでうろちょろしてしまう。

 

しかし、である。

夏ならまだしも、少し季節がずれていくと、

すれ違う高校生集団に「あれ、今日祭りだっけ?」と、

かなりの確率でざわつかれる。

 

そういう何気ない小さな一言の積み重ねが、確実に私の心をえぐっていき

浴衣で外に出ることにも若干の抵抗を示していた。

そんな矢先に、新人のロンジーくんが現れたわけである。

するとどうなったか。

 

日本人なんだから浴衣ぐらい着させろや\٩(๑`^´๑)۶///

 

という感情が生まれ、浴衣でお出かけになんのちゅうちょもなくなったのである。

 

ミャンマーの民族衣装を買うことで、なぜか浴衣の素晴らしさを再認識することになった。

 

けれども、ロンジーで外を出歩く勇気は未だに、ない。

歩けるようになる予定も、ない。未定である。

 

どうでも良いことを長く書きすぎた気がするので、この辺で止めておこうと思う。

 

P.S.

ロンジーってすっごくどこかで聞いたことあるような名前だよね。

なんかのゲームとか漫画のキャラにいそう。

はたまた麻雀好きのおじいちゃんか。

ロン爺...........

ミャンマーの恋愛事情ー妄想編ー

 

ミャンマーの半分は優しさでできているー

 

ミャンマーに行ったこともロクな知識もない私が、

ただ愛のままミャンマーのことを語るシリーズ。

 

 

今回はミャンマーの恋愛事情について。

 

ミャンマー人は優しい。

それは彼らの宗教に由来する。

ミャンマーは国民の多くが仏教徒である。

 

日本も仏教と関係が深いが、神道とかの影響も受けてるし、なにより多くの国民が自らを無宗教だと思っている。

そもそも"無宗教という宗教"と揶揄されたりもする日本の文化は....(以下略

 

話を戻そう。

ミャンマー仏教は日本のそれとは違い、小乗仏教といわれる

 

徳を積めば積むほど、来世で良い思いができる的なものである。

だから彼らは戒律を守る。

日々、善い行いをする。

出家する人も多い。

ゆえに結婚しない人も多い。

ふしだらなことはしない。

酒は飲まずにねーちゃんにも手を出さない。

結婚してない男女が気安くデートするものでもない。

 

最近でこそ、他文化の流入により多少の緩和は見られてきたものの、

ミャンマーの生活と仏教は強く結びついている。らしい。

 

らしい、としか言えないのがなんとも情けないがこんなところだ。

 

そして、熱心な仏教徒と、他文化に影響を受けた主に都市の若者たちとの間で、二極化が進んでいるみたいなのだ。

 

 

戒律を守り、日々徳を積む男と、

流行に敏感で都会派な女。

そんな2人が出会ったとき、ミャンマーに稲妻が走る。

 

「ねー、今度IKEA行こうよー」

 

「女と出かけるなんて言語道断。それにIKEAってなんだ」

 

IKEA知らないとかマジウケるw」

 

みたいな会話が街中で繰り広げられているのか。

 

大きな変化の渦中である国に生きる人々は、

それまでのライフスタイルと新しい気風の間でなにを思っているのか。

 

二極化の先に栄光は待っているのか。

 

とにかく、ミャンマーという国はおもしろい。

 

ミャンマー関係あるのかなこれ?

 

一刻も早くミャンマーに行ってみたい。

とまた思いました。

 

 

 

 

ミャンマーに潜むタナカの謎

 

あいも変わらず仕事の合間にミャンマーのことばかり調べている。

 

ミャンマーとは一体なんなのか。

 

東南アジアにある国である。

そんなことはわかっている。

 

こんなにも私を引きつけるこの国は一体なんなのか。

 

私が記憶を失う前になんらかの関わりを持っていたのか。

 

それとも、

私の生き別れた兄が彼の国に住んでいたのか。

 

いずれも釈然としない。

 

私には失った記憶も生き別れた兄もいないからかもしれない。

 

こんなことを考えていながらミャンマーを調べていくと、こんな記事に目が止まった。

 

ミャンマー女性のタナカ離れ』

 

日本で一大勢力を誇る"タナカ"から、ミャンマーの女性が離れていっている?

 

そもそもミャンマーでタナカは身近なものだったのか。

タナカから離れるとはどういうことか。

サトウやヤマダではだめだったのか。

私の友人のタナカとは関係あるのだろうか。

 

 

とりあえずの手がかりを求めて、友人のタナカに聞いてみた。

 

タナカ「俺がモテない理由がミャンマーにあったのか。」

 

私「君とは何も関係がないと知りながら聞いた私も悪いけれど、それとこれとは別問題だと思うの」

 

ーーーーーーーーーー

 

1980年、ミャンマー

 

世はタナカ全盛期。

 

街行く人々の話題はタナカばかり。

 

テレビでは美男子達が手を振りながら踊っている。

スターダンスユニット、TANAKA☆だ。

 リーダーのタナカを筆頭に、

人気No. 1のタナカ、歌唱力に定評があり、最近ソロ活動にも積極的なタナカなど、

個性豊かなメンバーが揃う。

 

 

かと思えば、バラエティ番組のアンケートで「今一番飼いたいペットはなんですか?」という質問に、2位の犬に圧倒的な差をつけ、タナカが1位となっていた。

 

他にも人気旅行先ランキング1位タナカ。

20歳になったらやってみたいことランキングの1位もタナカ。

 

 もはやタナカはミャンマーの一部となっていた。

国名をタナカにしようという過激派も現れた。

 

ザンギリ頭を叩いてみればタナカタナカと音がする。

そう、世はまさに大タナカ時代であった。

 

ーーーーーーーーーー

 

 

そんな時代は一体いずこへ。

 

今やミャン女(ミャンマー女性の略)は口ぐちに言う。

「タナカって何かダサくね?」

「昔の流行り物って感じ」

「今ソバージュにするみたいな絶妙なダサさ」

「タナカって響きがウケる」

 

 

推測するにこんな感じなんだろう。

タナカ離れとはこんな感じなんだろう。

 

 

ところで、タナカってなに?

 

疑問が一巡したところでやっとグーグルを開き、調べてみることにした。

「調べる前に、まず考えなさい」と教わったからだ。

 

曰く、タナカとは女性が施す化粧のことで、目の下とかに塗ったりするものらしい。

ファッション的な意味合いの他にも、美肌効果的なこともあったりと、なにかと便利なやつらしい。

 

そしてその化粧品の原料がタナカの木、ということであるらしい。

ミャンマー男性の中には、ミャン女のタナカ姿にキュンとする人も多いのだとか。

 

そんなタナカが、他国の文化が流入し始めた影響で、なくなってきていると。

 

しょうがないような、切ないような。

そんな記事だった。

 

 

海外にまで田中いんのかよw

とか、

田中って日本だけで充分だと思うなあ。

とか甘っちょろいこと言ってる場合ではなかった。

 

思いの外、文化のせめぎあいを考える結果になった。

 

ミャンマーでのタナカさんのご活躍、お祈りしております。

 

ミャンマーへの異常なまでの愛情

 

ミャンマーが好きだ。

 

人々の優しい目、未来への期待と不安が入り混じったあの目が。

長く閉じられた世界で育まれたたしかな文化が。

私はとてつもなく好きだ。

 

行ったことないけどね。

 

"最後のフロンティア"と呼ばれるこの国が、どんな国なのか知らない。

"最後のフロンティア"なんて言葉もググったから知ってるのであって、

正直よくわかんない。やたらかっこいい響きにやられた。

二番目のフロンティアでも中継ぎのフロンティアでもなく、"最後のフロンティア"。

 

きっと、主人公がさらわれた姫君を救いに忍び込んだ館で次々と現れる強敵と闘い、仲間に「ここは俺に任せろ!」って言われながら先に進んで、あの扉の奥に姫君が!って時にシュタッと現れる今までのやつらとは桁違いなオーラをまとったタイプの国なんだろうなあ。

 

ご察しの通りミャンマーのことぜんっぜん知りません。

ただ、好きなのです。もっと知りたい。

「あ、こんなところにホクロあるんだね、かわいい」

とか言って恥ずかしがらせたい。

 

なぜここまでミャンマーに執着するようになったか、きっかけがないのが不思議なところ。

 

強いて言えば、たまたま読んだ経済誌の「今、ミャンマーが熱い!」的な記事でミャンマーを知り、ミャンマー語を知った。

 

その時になにか運命を感じたとかっていうわけじゃないが、なんとなく好きになってしまった。

 

ミャンマー語を知っているだろうか。

日本人の我々からすると、視力検査の記号に見えることうけあいである。

 

             မင်္ဂလာပါ။

 

なんて書いてあるかわかるだろうか。

 

日本人の8割が「上、下、ぐるん、上、キリン」と答えるという。

文末のキリンから推測するに、ミャンマー文字象形文字なのであろう。

意味はおそらく「あなたの視力は0.8」である。

 

と思ったのだが、この文字

ミンガーラーバーと読み、こんにちはを意味するという。

 

これを文字と認識するにはどうしたら良いのか。

ミャンマー人が視力を異様に気にする国民であるとしか考えられない。

 

裏を返せば、仮にミャンマー語を習得したあかつきには、視力検査ができなくなってしまうのではないか。

 

医者「これは見えますか?」

 

私「ガー」

 

医者「これは?」

 

私「ンガー」

 

医者「次は脳検査です」

 

こうなっては困るが、ミャンマー語を習得したい。

 

何かを手に入れるには犠牲がつきものなのか。

ジレンマに陥ってしまった。

 

ここまで書いてみて、

とりあえず、もう少し勉強してからモノを言いましょうか、ね?

と自分に怒られたので、ここまでにしときます。

 

 

 

天井は回る

 

我が家の天井は回る。

さながらメリーゴーランドのように、ぐるぐると。

 

妄言を吐いているわけではない。

本当の話なのだ。

 

回る天井に苦しめられた挙句、引越しすら検討している。

 

一人暮らしのレオパレス住まいであり、

一見するとなんの変哲もないアパートである。

 

ここに住みだしてから一年ほど経つが、

仔細な分析により、

天井が回るには条件があるとわかった。

 

その条件とは、

 

恐ろしいほど酔っ払って帰ってきた時と、その次の日のベッドの上で起こる。

ということ。

 

由々しき問題である。誠に遺憾である。

 

酔っ払って帰ってきた時に、一刻も早く気持ちよく寝たい、というのは人類共通の本能である。

 

そこを邪魔をするように天井がぐるぐるぐるぐる........

 

朝起きた時なんかはもっとひどい。

 

ただでさえ二日酔いで気持ち悪いのに、

追い討ちのごとく目を回してくる。

地球の自転に置いていかれてる気分になる。

 

快眠とはほど遠い。

 

友人に相談しても、

「ついにおかしくなったか」

「酒の飲み過ぎで思考能力の低下が著しいな」

「そんなことだから彼女に悲しまれるんだよ」

 

などと人格否定の要素を多分に含んだコメントをもらうだけであった。

 

ただ、天井が回るという稀有な経験をしている人は私だけではないみたいだ。

 

友人の中にも何人かいた。

そしてその友人はみなすべからく大酒飲みであるということもわかった。

 

ここから導き出せることは、

大酒飲みは天井の回る家に住む確率が高いということである。

さらに、天井の回る家は、日本にそれなりの割合で存在するということもわかった。

 

この事実が報じられないのは何故なのか、

明らかにワケあり物件じゃないか。

 

なにか背後に渦巻く巨大な陰謀に怯えながら、

今日も天井は回る。

はじめてガールズバーに行ったらゲイにくすぐられた話

 

友人と飲み交わし、いい感じの組んず解れつの状態の中、

不意に立ち寄ることになったガールズバー

 

その友人はここのガールズバーに来たことがあるみたいだが、

私にとっては初ガールズバー

 

桃色の照明がカクテルを照らし、

氷が妖艶に溶けていく。

絶妙なバランスで成り立つグラスの中の世界。

その世界を荒っぽく掴み上げ、一瞬でただの氷とアルコールに戻してしまうは男の手。

結露で濡れたその手が次に向かうのは妙に露出の多い女。

その手が象徴する駆け引きは、まさしく大人の世界。

ムードがあるんだかないんだか、

それすらの判断も出来ない場所。

 

それが私のガールズバーのイメージである。

 

興味はあったがなかなか踏み出せない世界。

 

金払って女と飲むだけって、何が楽しいんだ!

と息巻いてみるが、ただ勇気がないだけなのである。

 

そんなところにまさか自分が行く日がくるなんて。

 

旅先で路線バスに駆け乗ったときのような安堵と不安を持って階段を降りると、

 

あゝ絶景哉。

 

チアガール達があははうふふと桃源郷

 

先客のグループとカラオケで多いに盛り上がっているではないか。

 

私も早く混ざりたい。

 

混ざりたい、が、

その前にチアガールとスキンシップをとらねばならぬ。

 

ただ私に備わった天性の人見知りが存分に発揮され、どうにも踏み込めない。

 

こういうときの友人はすごい。

やや乱暴ではあるが、するすると言葉を紡ぎ、

あっという間に打ち解ける。

 

そうして出来上がったゆるーい空気の中に、いつもひょっこりお邪魔させていただくのが私の役割なのである。

 

このようにお互いの役割を遂行しきった後、

チアガールからデンモクを渡された。

 

友人が睡蓮花を予約し、いざ出陣。

 

最高潮の盛り上がりを見せるグループの前まで赴く、お前らも一緒に歌えとばかりに。

 

もちろんみんなノってきてくれるわけである。

 

手を挙げ、頭を振り、それぞれの感性で盛り上がる。

 

ああ楽しいなあ。

 

刹那、二つの眼が私を見つめているのに気がついた。

じっと見つめてくるその目は真剣そのもので、鬼気すら迫る。

 

これが対局中なら違和感もないが、

あいにくカラオケ中である、アル中(アルコール摂取中)である。

不自然に真剣なその目はただ怖い。

 

いかんせんゲイの方にモテる傾向にあるこの私、その類の危険を察知する能力が身についている。

モテればいいという話ではない。

 

頭の中にエマージェンシーを告げるアラームが響く。

緊急事態発生。緊急事態発生。

 真夏のジャンボリーなんていってる場合ではない。

濡れたまんまでイっちゃえない。

 

この場合の最善策は、気づかないフリをすることであろう。

即座に体をチアガールたちの方へ向け、避難。

 

しかし、どうにも気になってしょうがない。

さっきのはたまたま考え事をしてて、真剣な顔になってしまったのではないか、

ポーカーフェイスを極めた御方で、他意はないのではないか。

全て私の思いあがりではないか。

だとしたらなんてバカなんだ私は。

 

贖罪の意を込めて、一度チラ見してみる。

 

あれ、いない。

 

ああそうか、さっきはトイレに行きたかったんだろうな。

なのに他のグループである私らが乱入してきたから気を使ってガマンしてくれていたのか、

申し訳ないことをしたなあ。

どうぞ、ごゆっくり。

 

なんて思いながら、

 

突然降り出した雨〜♪

 

と歌うや否や、

 

突然くすぐられた俺。

 

最初はチアガールがちょっかいかけてきてくれたと思ったんですよ。

すごく嬉しかったんですよ。わくわくしたんです。

 

でもね、笑顔で振り返るとね、さっきの方がやっぱりそれなりに真剣な目で私をくすぐってたんです。

 

小せえ声でなんで俺だけ......

 

その後はもう修羅場です。

避けようにも歌は大サビに向けて佳境だし、なにより怖い。

 

痴漢で声がでなくなってしまう女の子の気持ちがよく理解できました。

痴漢はやめましょう。こわいですから。

大の大人がこわくなってしまうんですから、少しは相手の気持ちも考えてあげましょう。

 

良かった点を上げるとするならば、

その状況に気づいたチアガール達が一緒にくすぐってくれたことだろうか。これはよかった。

 

大勢のチアガール(と真剣な目を持つ男)に囲まれながら無事歌い終わった私。

グループのみんなとハイタッチをしてから

這々の体で自席に戻ると、

チアガールが駆け寄ってきて

「大丈夫でした?なんか、くすぐられてましたけど」

 

「ええ、非常に怖かったです」

 

 

その後、そのグループは早々に退散していったが、

私の脳裏にはあの目が焼き付けられた。

 

正直チアガールの顔とか全然覚えてない。

 

やはりオトナの世界に踏み入るのは時期尚早であったのか。

 

なんとも痛烈なデビューとなった。