かっこつけたい男の性

 

他人(特に女子)からかっこよく思われたい。

 

この世に生を受けた地球上の全男子が常々考えていることである。

男子の行動原理は基本的にこれで全て説明がつく。

異論は認めない。

 

しかし、世の中にはかっこいい男ばかりではない(容姿とかの話ではなく)。

 

あいつは一体なにを考えているんだ.....?

みたいな男が街中をうろうろしているのも事実。

 

それはなぜか。

 

「かっこいい」の定義が人により違うからである。

目指す姿と現実の自分とのギャップの埋め方が、多種多様すぎるからだ。

 

 

かくいう私も他人(特に女子)からかっこいいと言われたい男子の1人であり、

その阿呆さ加減には自分でも時々辟易する。

 

私の中にはどうやら、

「興味なさげなのに、しれっとなんでもこなせるやつ。」

「普段適当な感じなのに、抑えるとこは抑えてるやつ。」

「いざとなったらめちゃ頼れるやつ。」

 

みたいなものにかっこよさを覚えるらしい。

 

主人公タイプではなく、

終盤に主人公をめちゃくちゃ助けてくれるやつ。

加えて、

才能がものすごくて、かつ過去の大きな事件のせいでトラウマがあったり、心を閉ざしがちだったりして、基本的に冷静。

だと尚良い。

 

NARUTOでいうと、カカシ先生。

スラムダンクでいうと仙道とか流川。

 

そのあたりが私の目指すかっこいい像に近いようだ。

 

しかし、

私のかっこいい像を実現するためのハードルは異常に高い。

 

なぜなら、才能があることが前提だから、

才能のない私は影でこそこそとトンデモない努力をしなければならないからだ。

 

しかも何でも出来る男にならなければならない。

努力の方向性は放射状に広がっている。

 

ある時はペン回しを始め、

またある時はルービックキューブを6面揃えられるようにした。

 

ヒトカラに通い詰め、アロマを勉強し、

筋トレをしながら坐禅もした。

 

 

モテたいを目指した私であったが、

 

我ながらとてつもない遠回り

である。

 

そんなことをしているヒマがあるなら中身を磨けよ、と自分を責めたら、

これが男の性なのだ、と自分に言い返された。

 

どっちも一理ある!

 

と自分で判決を下しながら、

私はキャンプをスマートにこなす方法をリサーチしている。

 

食欲との終わりなき闘い

 

僭越ながら私は、いわゆるボディメイクというものを嗜んでいる。

 

いけてるカラダになりたいの。

 

そんな身もふたもない動機からスタートし、

かれこれ三年目である。

 

学生時代はごりごりの体育会所属であり、

食えよ増やせよ(体重を)の世界で生きてきた。

その辺のことは過去にも書いている。

お弁当という言葉が想起させる絶望的なトラウマ - 気儘なエクリチュール

 

とにかく食べる量が尋常ではないのだが、

それを上回る運動量によって、体重は漸減もしくはキープといった生活であった。

 

そんな飲み会での残飯処理マシーン

が社会に放たれ、運動をしなくなったらどうなるか。

 

聡明な私には即座に予測がついた。

 

太る、と。

 

そこで、どうしても太りたくない私は、大学卒業とともに食事制限と筋トレを始めたのだ。

 

筋トレは学生時代からやってきたため、それを続ければ問題はないとして、

食事制限、こいつが強敵だった。

 

これまでの異常なご飯の量から、

もう通常の食生活では満足できないカラダになってしまっていた。

 

ガマンできないの.........♡

もっとちょうだい?

と上目遣いでおねだりしてくる胃や口や脳みそ

に対し、

 

お前なんかサラダチキンだけ食べときゃいいんだよ!

 

と突き放すことの辛さたるや。

 

1日1000kcalほどで過ごす毎日.....

(良い子は真似しないでください。ほんとに。)

 

 

俺だって本当はお前に幸せな思いをさせてやりたいんだよ......

 

と夜毎ベットで泣き濡れる生活。

 

この一人二役で乗り切ったといっても過言ではない。

 

それから三年、、、

おかげで私の胃は小さくなったかと言うと、

 

むしろ肥大した。

 

普段節制を強いられていると、2週間に一度くらい、猛烈にガマンが出来なくなり、

爆食いしてしまうのだ。

それはもう本能のようなもので、抗えない。

 

その時にものすごい量を食べてしまうので、

胃が以前より大きくなった。

 

基本的に節制はできているから体重も減ったのだけれども、胃は膨らんだ。

 

だから、この食生活に慣れるどころか、

日毎辛さを増しているのではと思わざるを得ない。

 

 

なにごともやりすぎはよくないということを思い知った話。

 

雨は毛布のように

今週のお題「雨の日の過ごし方」

 

雨が好きか嫌いか、という質問を投げかければ、

大多数の人は嫌いだ、と答えるのではないだろうか。

 

濡れるし、

バーベキューとか中止になるし、

髪とか湿気で葛飾北斎並のうねりを見せ出すし。

そもそも傘を持っていることだけで、

人体の最高傑作であるの片方が機能不全になる。

カバンですら持ちたくない私には致命傷なのである。

 

カバンの中身から見る人間性についての研究 - 気儘なエクリチュール

 

あと濡れるし。

 

かくいう私も雨の日は大嫌いであった。

雨が降れば授業を休み、

雨が降りそうなら我が家に籠城を決め込む。

そして自宅にて

「やることがない!」

とうろうろすることこそが、雨の日の過ごし方だと信じて疑わなかった。

 

だがしかし、である。

そんなヘイト荒天の権化である私に、変化が訪れている。

 

それは過去にイギリス留学に訪れたことが大きいかもしれない。

 

イギリスはとにかく雨が多い。

雨か曇りか、そうでなければその真ん中か、

みたいな天気がずっと続く。

一説によると、イギリス人の中には、「晴れ」という単語が存在しないそうだ。

 

だからなのか、イギリス人ぜんっぜん傘差さないのな。

 

みんなちょちょいとパーカーのフードを被り、何の気なしに歩いている。

 

そんな姿をみてイギリスナイズドされたい私は早速真似してみる。

 

意外と悪くないじゃない。

 

雨が毛布のように(タイトル回収)しとしとと私を包み込み、非常に心地よい。

(ちなみに「雨は毛布のように」はキリンジというアーティストの曲です。おすすめです。)

 

知らないとは思うが、私の雨が嫌いな理由ランキング1位は、濡れた後の服とかの処理である。

 

濡れるのは構わないが、その状態で建物に入り、濡れを波及させてしまうのがいただけない。洗濯とか面倒い。

 

ただ、ホームステイであった私は、濡れた服を洗濯機に放り込んでおくだけで、翌日にはしっかり乾いて戻ってくる環境にあった。

 

この環境によって、雨も悪くないじゃない派に傾いたのである。

 

こうしてすっかりイギリスかぶれになった私は帰国後、

しばらくの間は傘を差さないことに誇りを持っていた。

 

ただ、やっぱり濡れたくないよなあという本能が目覚め、

さらには周囲からのあいつ濡れすぎじゃね?的な視線が気になりすぎて、

 

私はそっと手に傘を持つことにしたのだ。

 

 

 

ゲン担ぎをしないというゲン担ぎ

今週のお題「ゲン担ぎ」

 

例えば大事な試合の前に、

例えば重要な商談の前に、

 

人はそわそわする。

 

万全の準備をしたはずなのに。

もうあとは天命を待つだけなのに。

 

それなのに、そわそわする。

 

だから人はゲンを担ぐ。

 

私の大学時代の同級生には、試合前に必ずグラウンドに右足から入る人がいた。

 

その友がある試合の開始直前、整列している時に横にいる私にこそっと耳打ちしてきた。

 

「今日左足から入ってしまった。もう無理や。勝たれへん。」

 

この発言を聞いたとき、

「勝たれへんってなんだよ。勝とうよ。お前の左足はそんなに邪悪なのか?確かにちょっと臭いなとは思ってたけど。それは右足もだろう?」

 

と妙に冷静に思ってしまった。

そこで、

「大丈夫。お前は左足もすごいよ(主に臭いが)。」

と意味不明な慰めをしておいた記憶がある。

 

案の定その試合の彼は散々な結果だった。

 

試合後に私は彼に言った。

「果たしてそれはゲン担ぎなのだろうか。

むしろマイナスに作用してないか?

ここまでくるとゲン担ぎというより呪いなのではないか。

だとしたら、ゲン担ぎをしないという行為をゲン担ぎとすることが、最も安全なのではないか。」

 

その次の試合、彼は左足からグラウンドに入った。

今までのゲン担ぎをなくすためだ。

 

またその次の試合、今度は右足からグラウンドに入った。

その次は左足、右足、左足、、、、

と気づけば彼は交互に踏み入れていた。

 

「右足の次は左足にしないと、ゲン担ぎになってまう。左足の次は右足にしないと、前と同じようなことになってまう。だから交互にしてんねん。」

 

新たなゲン担ぎが生まれた瞬間である。

それも前より複雑になってる。

 

どうせ

「前の試合どっちの足から入ったか忘れてもうた!」

とか言うんだろ?なあ?

 

 

この一件以来、私はゲン担ぎをすることを完全に辞めた。

 

頼ってもいいことがない。

 

 

 

ただ、ゲン担ぎってカッコいいですよね。

「大事な商談の前夜は、必ず靴を磨くんです。

磨きながら、今までの準備を思い出して、明日のイメージをするんです。」

 

これだけで、さながら情熱大陸である。

てってってーてーてー  である。

なんか、かっこいいゲン担ぎが欲しいなあとも思う今日この頃。

お弁当という言葉が想起させる絶望的なトラウマ

今週のお題「お弁当」

 

きっとこのお題でブログをお書きになる諸氏は、

嫁の愛妻弁当がーとか、

なけなしの女子力を発揮して毎日作ってます、

的なことを題材にして展開していくのだろう。

 

ディスってはいない。

 

私にとってのお弁当とは、高校時代に母が毎日作ってくれていたものであり、その3年間によって、私に確実な変化とトラウマをもたらしたものである。

 

最初に断っておくが、母のお弁当がまずかったとか、そういう話ではない。

今でも感謝はしている。

 

私は高校時代、ゴリゴリな体育会系部活に所属していた。

とにかく身体を大きくせよ、話はそれからだ。

という方針を持つ監督のもと、

私たち部員は、

毎日2リットルのタッパーに米だけを詰めて持ってくること。

を課せられた。

おかずが欲しけりゃ別容器に入れてこい。

とにかく米だ。ということだった。

 

典型的なコメハラである。

 

2リットルタッパーは、

クラスで、"あいつ顔でかくね?"って言われてるやつの顔よりひとまわり大きめのタッパーを想像してもらえれば簡単である。

 

それに米をパンパンに詰める。

おかげで家の米代が当時3倍ほどに膨れ上がっていたらしい。

出来上がったそれは、お弁当というより小型爆弾に近かった。ボムである。

 

根が少食である私は、食べ切るだけで相当な努力を要した。

朝、学校に着くなり食べ、1時間目が終わったら食べ、ということを繰り返した。

特に移動教室が多い日は絶望的で、昼休みを迎えた時に、元気一杯なボムとご対面する度に

はぁ...........とため息を吐き、

部活前の時間に食べ、部活後にも食べるはめになっていた。

 

夏場は特に、お弁当が暑さに耐えきれなくなり、異臭を放つこともあった。

そんなときは厳粛にゴミ箱に投げ込んだ。

 

あの3年間で私の体重と胃袋は確実に肥大した。

青春をお弁当に捧げたといっても過言ではない。

それも作るのではなく、消費する側として。

 

花より男子』のF4みたいな食堂生活を送ってみたかった!

と部室で咆哮した思い出が蘇る。

 

 

「今まで読んだ本で一番はなんですか?」に対するベストアンサー

今週のお題「読書の秋」

 

「今まで読んだ本で一番はなんですか?」

 

「本を読むのが好きです」

となけなしのコミュ力を発揮した後に待ち受ける、第二にして最大の関門である。

 

さながら地獄門である。

一切の希望を捨てなければならぬ。

 

たった1つの質問によって、そんな状況に追いやられる。

なぜそうなるのか。好きな本を言えば良いだけではないか。

そう思われる方もいるだろう。

その主張は間違っていない。間違ってはいないのだが、少しはこちらの話も聞いてほしい。

 

途中理解が及ばなくても最後まで静かに聞くこと。いいね?

じゃないと傷つくから。

 

好きな本はなんですか?

好きな映画は?

好きなアーティストは?

今まで行った旅行先でベストは?

このような質問に対し、正直に答えることが私にはできない。

 

理由は2つある。

1つは、その後の展開を考えてしまうから。

もう1つは、へぇ〜、そんなのが好きなんだ。という顔をされるのがいやだから。

 

1つめの理由はいたってシンプルである。

私はヨーロッパ12ヶ国を1ヶ月ひとり旅した経験がある。

という話をすると、大抵、どこが一番だった?と聞かれる。

何のしがらみもなく、正直に答えるなら、

ベルギーかクロアチアスロヴェニアあたりを挙げたいところである。

あそこでの経験は無二のものであった。

しかし、私パリかバルセロナベネチアあたりを言うようにしてる。

その方が会話が盛り上がるから。

正直に答えてしまうと、

は?スロヴェニア?どこ?

と賑やかだったはずの会話に休符が置かれてしまう。

通ぶってんじゃねーよハゲ(ハゲてはいないが)という顔をされること請け合いである。

 

そこからみんなが興味を持つトークを繰り広げる実力は私には、ない。(ハゲてないよほんとに)

 

つまり、マイナーどころを正直に言えないのである。

 

そして、2つ目の理由は、メジャーどころを言えないというところになる。

 

「おまえ本好きって、有川浩とかミーハーかよ」

西野カナ?ふ〜ん(ニヤニヤ)」

 

これが怖い。

所詮映画化したやつしか読まないんだというレッテルを貼られ、裏で悪口を言われるに決まっている。

ひいては人事部に伝わり、人事考課に影響するのであろう。軽はずみな発言が出世に響く。

 

同じような理由で、ブランド物の服だとか小物だとかもあまり身につけたくない。

ブランドロゴを全面に押し出したような財布とか、いくらそのブランドが良いものだろうと控えたい。

「ああ、ヴィトン的な人なんだね」

って思われるのがイヤでしょうがない。

なので、服はユニクロとか、ちょっといいやつを買う場合も、ブランドロゴが目立たないものにする。

 

 

王道は避けたい、けどマイナーすぎもダメ。

気づいたら異常に高いハードルが眼前に現れていた。

 打開策はただ1つ、

みんなが知ってるギリギリのラインで、かつセンスの良いものを答える。

これである。

おわかりいただいていると思うが、

この時点で私の個人的な感情とは関係ない話になっている。

 

では、表題の「一番好きな本」に対するベストアンサーはなんだろうか。

マイナー過ぎはダメ。

「ジョイスとか面白いですよね」なんて言った日には異端者扱いされ、最悪魔女裁判にかけられてしまう恐れがある。

 

村上春樹が好きです」

これはこれで盛り上がる可能性はあるが、

「ハルキストかよこいつ」って思われるのがイヤだ。

 

もちろん、状況によって答えは変わるはずだが、

私なりに考えたベストアンサーは、

 

アルジャーノンに花束を

 

 

これである。

マイナーではなく、ミーハー感もあまりない。

ドラマ化とかされているが、ドラマによって話題になった類のものではないし、いわゆる過去の名作にカテゴライズされる。

 

それに、海外の作家という、少しおしゃれな感じも匂わせ、翻訳も秀逸。

構成も面白く、なにより泣ける。

話を広げられる可能性を多分に含み、

「へぇ〜、ダニエル・キイス好きなんだぁ」と言われる心配もない(ダニエル・キイス派なんて聞いたことないから)。

以上のことが、今回の受賞理由である。

 

今後は『アルジャーノンに花束を』で乗り切っていきたい所存である。

 

ちなみに、個人の意見とは関係ないとは言ったものの、本当に名作だと思っている。

読んだことないという方がいれば、ぜひこの機会に読んでみてほしい。

 

望んだものを手に入れた先に何が待っているのか。どんな姿勢で世界を見れば幸せになれるのか。

そういったことを考えさせられる、泣ける。

 

ウォシュレットが止まらない

 

ウォシュレットが止まらない。

 

 

我々の日常に最も近い所に存在する地獄である。

 

もし自分がその状況に陥ってしまった場合、

いかにして脱出を試みるだろうか。

 

さらにそれがそこそこいい雰囲気のお店での出来事だとしたらどうだろうか。

 

 

これはそんな悲劇に直面した、1人の青年の物語である。

 

そう、あれは秋の始めの夕暮れ時のことだった..............

 

 

珍しく新橋に降り立った私は、友人と夕食の約束をしていた。

ステーキである。それもちょっといい感じの。

たまにはこういう店にもいくべきだというエンゲル係数のことしか頭にない意見が通ってしまったためである。

 

高いはうまい。

そう確信した時間であった。

目の前で焼いてくれるステーキは、夜のダイエーで半額シールが貼られているそれとは明らかに違った。

違ったが故に、すぐ胃もたれし、トイレに駆け込むことになった。

 

やたらピカピカのトイレで用を足し、なんの気なしにウォシュレットを作動させ、数秒後に停止ボタンを押した。

 

押した......のに。

一向に私のお尻への刺激は止まらない。

何度押してもダメだ、止まらない。

 

「???」

"止"ボタンを押すと、モニターには確かに"停止します"の文字が表示される。

故障はしてないようだ。

 

じゃあ一体なんなんだ....?

 

とどまることを知らない水流とともに、

絶望が押し寄せてくる。

 

日本が生んだウォシュレットという奇跡の発明は、これまで多くの人を幸せにしてきた。

しかし、科学はひとたび使い方を誤れば、人類をたやすく破滅へと導く。

そう、かつてのダイナマイトや核兵器のように....

ウォシュレットだって例外ではなかったようだ。あまりにも日常に入り込みすぎて気づかなかったが、こいつは簡単に人を殺めることができるのだ。

 

 

「俺...ここで死ぬんだ......」

 

ふやけ始めたお尻。

執拗にそれを攻めてくる悪魔のマシン。

その策謀に手も足も出ずにただ受け止めることしかできない私。

かといって無闇に立ち上がる勇気はない。

 

チクショウ......

 

せめて水圧だけでも弱めようとボタンを押すが、これも反応しない。

どのボタンなら反応するのだろうか、とにかく適当にボタンを押してみる。

 

 

マッサージボタンだけが反応した。

 

 

突如リズミカルに動き出したそれは私を深淵に追いやる。

 

私のふやけきったお尻に追い打ちを与えられ、

いよいよパニックに陥る私。

 

便座のフタを閉めてしまえば勝ちなのではないか、と"便座開/閉"ボタンを押したり(私は便座に座っている)、意味もなく水を流してみたり(流すものはすでになにもない)。

使ったことのない"乾燥"ボタンを押してみたり......

 

あ、乾燥ボタン反応した。

今まで私を悶え続けさせた水が止まり、

代わりに温風が私のお尻に吹き付ける。

 

さながら神風だった。

突然の終焉を感じ、高らかに勝利宣言をした後、静かに立ち上がる。

 

センサーが反応し、風が止む。

 

もうこんな思いは二度としたくないな、と動かなくなった悪魔のマシンを一瞥し、トイレを出た。

 

ここまでドラマチックなことはなかなか経験しないぞ、いっそ映画化して欲しいなと思ったが、

映像としては男が便器に座って立つしか動きがないことに気づいて諦めた。